【有料】12. 定冠詞と不定冠詞

「a」か「the」のどちらが妥当かを検討するにあたっては、情報の伝達か知識の共有かという観点から考えるのが有効です。この点を説明するのに用いられるのが、「anaphoric reference(前方照応的指示)」という専門用語です。ちなみに、自身の翻訳文を読み上げてみて、英語圏の人に容易に理解してもらえるかどうかを確認してみるというのは、翻訳者にとって有効な手段でしょう。

「…ができる平面を確保する」は、「secure the flat face that allows …」ではなく、「secure a flat face that allows …」です。ここでは、このような言い回しにより、記述内容に新たな要素が加わることが明らかになります。新たな要素が定義されるわけですから、「the」ではなく「a」が妥当です。

次に、「患者は鶏肉が原因と考えられる皮膚アレルギーを起こした。」の英訳としては、

The patient had a skin allergy which appeared to be caused by chicken.

が適切です。この例ではallergyが定義されていることから、やはり不定冠詞を用いるのが適切です。

同様に、「また、私たちは、持続可能な社会の基盤であるこの地球が急速に環境悪化に向かっている状況を大きな問題として捉えています。」の英訳としては、

The X Group’s current cause for concern is the situation that is leading to a rapid deterioration of the Earth’s environment.

ではなく、

The X Group is seriously concerned about a situation that is leading to a rapid deterioration in the environment of the Earth, a planet that ought to be the foundation of a sustainable society.

とするのが妥当です。繰り返しになりますが、記述内容に新たな要素を導入し、新しい状況を定義するわけですから、「the」ではなく「a」を使うのが適切なのです。

「Zに記載されている『X構造体』という用語は、発明の詳細な説明に記載されている用語ではない。」の英訳は、

The term X-structure is not the term used in the Detailed Description of the Invention.

ではなく、

The term “X-structure”, which is used in Z, is not a term that is used in the Detailed Description of the Invention.

です。最初の訳文には「the」が使用されており、発明の詳細な説明に用語が1つしか使用されていないことを示唆していますが、そんなことはあり得ません。

同様に、「お客様の求める製品を丁寧に作っていきます。」についても、

We will keep manufacturing in a fair and soft manner the products our customers are seriously in need.

より、

We are resolved to continue manufacturing in a meticulous manner the kinds of products that are genuinely needed by our customers.

と訳すか、シンプルに

We are resolved to continue manufacturing in a meticulous manner products that are genuinely needed by our customers.

と訳した方がはるかに良いでしょう。後者は、「the kinds of」などのフレーズを省略するのであれば定冠詞を使うのは間違いであるということを示す好例です。この文の目的は、製造を予定している2種類の製品を定義することですので、「the kind of」をなどのフレーズを省き、まだ思案の段階にあって実現していない製品について述べる場合に「the」を使用するのは非論理的です。

「原則として24時間後に1回目の連絡が必要」は、

As a rule, the first reply is necessary in 24 hours.

ではなく、

In principle an initial reply should be sent within 24 hours.

です。「initial」は、日本人翻訳者がもっと効果的に使用して良い重要な単語です。

「バルブBを載せた台8」は、

with the base 8 equipped with the valve body B

ではなく、

a base 8 equipped with a valve body B

です。

「発明の詳細な説明には、工程e)を当業者が容易に実施できる程度に明確な記載がなされていない。」は、

In the Detailed Description of the Invention, the step e) is not described to the extent that it can be easily carried out by those skilled in the art.

とするよりも、

In the Detailed Description of the Invention, step e) is not described to an extent that it could be easily carried out by those skilled in the art.

とした方が良いでしょう。工程に符号を付ける場合には、どんなにシンプルであっても定冠詞は不要です。「Plan A」、「Plan B」、「Option C」、「Step D」、「Paragraph 5」、「Chapter 8」などについても同様のことが言えます。

「AとBの融合による」は、この融合が初出であれば、

by means of a combination of A and B

とするのが適切であり、2度目以降の出現時には

by means of the combination of A and B

とします。

「ガス排出速度の予測は、換気設計、ガス抜き設計およびガス管理対策立案の基礎である。」は、

The prediction of the gas emission rate is a basis for ventilation design, gas venting design and planning of gas management measures.

ではなく、

Prediction of gas emission rates is the basis of ventilation design, of gas venting design and of the planning of gas management measures.

です。ここでは、具体性を持たせるために「the」が必要です。

「今回のオフィスアクションに対する当方の見解をお送りします。」は、

We will send you our comments on an office action of this time.

ではなく、

We are setting out below our comments on the recent Office Action.

です。珍しいケースとはいえ、最初の訳文はほぼすべての点で間違っています。大事な点は、書き手が具体的なオフィスアクションについて述べているということです。「an office action of this time」は言葉の矛盾であり、英語では定冠詞を使う以外にありません。

ただし、「人体を害する」はこの事例とは無関係の特殊な例で、「harmful to human body」ではなく、「harmful to the human body」とするのが正しい翻訳です。人体の一部を一般的観点から言及する場合には、「harmful to the eye」や「harmful to the heart」のように定冠詞が必要です。

同様に、「化粧水などでお肌を整えた後、適量を手のひらに取り、お顔全体になじませるようにして延ばしてください。」は、

After the application of lotion, apply gently onto the entire face with fingers.

ではなく、

After the application of lotion, apply (the emulsion) gently onto the entire face with the fingers.

とした方が適切です。

これに対し、「手で回す」のような表現では、「rotate with the hand」ではなく、「rotate by hand」とするのが適切です。

次に、「脊髄損傷で手術を受けました。」を考えてみましょう。英語では、病気の名前を正式名称と一般名称で区別するのが普通です。この例における「脊髄損傷」は一般名として使用されており、具体的な病名ではないと考えるのが妥当です。ですから、

The patient underwent surgery for spinal injury.

よりも、

以降は有料です。

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