翻訳に思いやりをのせて

特許翻訳

特許翻訳

私が特許翻訳チェッカーとして勤務していた某翻訳会社を退職し、特許翻訳者として再び独立したのは2009年でした。その時点ですでに非特許分野で10年の経験がありましたので、やれるという自信はあったものの、その時点ではまだ特許翻訳の実績がなく、高卒という学歴も足かせになってか、なかなかチャンスに恵まれませんでした。

応募してもトライアルはおろか、返事が来ないことも多く、たまに来る返事も「お前などに用はない」という本音が見え見えの素っ気ないもので、他分野で10年の経験はほぼ無力でした。

少しでも信頼を高め、最初のハードルを超えられる方法はないものかと考え、私はJTF<ほんやく検定>を受けました。特許と情報処理の2科目を受験し、結果は、その年に同検定を受験した1300名の中で唯一のダブル1級合格でした。

その年の翻訳祭で表彰されると、ついに私のもとにチャンスがやって来ました。チェッカー時代に市井の特許翻訳者の技量は把握していましたので、チャンスさえもらえればこっちのものです。

私は情報技術系の翻訳者として20世紀から愛用しているTradosに加え、VBA (マクロ)をはじめとする各種ツールを駆使して訳漏れを防ぐとともに、用語と表現の一貫性を確保。長年にわたる非特許分野の翻訳と、翻訳講座での指導を通じて体系的に理解している翻訳技法を投入して訳文を書き上げました。そして、特許翻訳チェッカーとしての経験から、親切・丁寧なコメントを用意。チェッカーが安心して編集・校正できるよう配慮しました。

私は信頼を勝ち取ることができました。依頼は順調に増え、最初はIT関連だけだった依頼も、自動車、半導体、音楽機材やスポーツ器具など、これまでの翻訳経験や自身の趣味が活かせる分野にまで広がりました。

学歴なし、知財業界経験なし、専門分野なし。私は特許翻訳者として恵まれた出自ではありませんでしたが、これまでの経験とノウハウは無駄になりませんでした。

しかし、翻訳技術以上に私が重視していたのは、後工程への配慮です。私は翻訳チェッカーという業務を通じて、投げやりな翻訳や独りよがりの翻訳でチェッカーを煩わせる翻訳者がいかに多いかということを身を持って知るとともに、それまでの自分も同じような翻訳者だったことを反省しました。

以降、私は、低次元の疎漏の修正に追われている発注者や校正者に、普通に仕事ができる喜びを提供するという姿勢を一貫して守って来ました。

「中村に頼めば、後がラクで助かる」

「厳しい案件だから、中村にお願いしよう。あの人なら何とかしてくれる」

クライアントのそういう評価が私の誇りです。

翻訳者が直接対峙する相手は文書ですが、その向こう側には、チェッカーやエディタ、営業担当者やソースクライアントなど、様々な人がいます。翻訳の納期は近年ますます短縮される傾向にあり、すべての案件に十分な配慮を行き届かせることは難しくなってきていますが、私は時間の許すかぎり、自らの翻訳に関わる人たちの存在を意識し、翻訳という商品に「思いやり」をのせてお届けします。

それが、翻訳者としての私のコミットメントです。

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