【有料】504. スピーチ
スピーチにおける「おはようございます。」という一文を英訳するなら、
Good Morning, Ladies and Gentlemen.
が適切です。演説者も翻訳者も優秀な人は、スピーチの要所要所でパラグラフの冒頭に「Ladies and Gentlemen」というフレーズを差し込むように気を配っています。このようなフレーズを繰り返す適切な間隔について、特に決まりはありませんが、この繰り返しにより、話者と聴衆との間で適度な礼儀と結束を保つことができます。また、テーマ間の程よい区切りとなりますし、話者が強調したい部分で確実に聴衆の注意を引くこともできます。
この「Ladies and Gentlemen」は、必ずしも段落の冒頭で使うと限りません。例えば、「Against such a background, Ladies and Gentlemen,」などのフレーズを使うことは、スピーチが一段落して新たな局面に入るときに聴衆に確かなインパクトを与える1つの技法です。こうして使い方に変化をつけることにより、感じの良いスピーチに仕上がります。逆に、すべての段落で冒頭に「Ladies and Gentlemen」を入れるのは間違いです。
「本日ご出席の部品商様を通じて、車を大切にするこの地域のユーザーに幅広く展開していきたいと考えております。」という一文を英訳するなら、
With the help of the parts distributors assembled here today, we will develop DJ Parts to all users of this market who value and take good care of their automobiles.
ではなく、
With your help we can succeed in selling our components widely in a market where customers value and take good care of their automobiles.
が適切です。この文は、スピーチにおける日本語表現を直訳するのが不適切であることを示す好例です。最初の英訳における「develop … to all users」は、文法的に間違っていますし、表現的にも不十分で、原文の日本語の意図を伝えきれていません。また、この例では、和文の「本日ご出席の部品商様」という三人称を英文でそのまま使うのは不適切です。原文の和文が持つ丁寧さを伝えるどころか、三人称の使用によって、聞き手を混乱させかねません。二人称で「with your help」と直接言う方がはるかに効果的です。
この例から明らかとなる日本語と英語の基本的な違いは、おそらく慣習によるものでしょう。日本では、話し言葉でも書き言葉でも、対象の人物について述べる場合には、「社長」、「総理大臣」、「部長」など、役職名が広く使用されています。それに対して、英語のスピーチでは、上位の役職者に対して、最初に「Mr. President, Mr. Ikuo Watanabe」などと然るべき敬称を用い、2度目以降は一貫して、形式張らない呼称を使用します。
「ここで日本からご同行いただいておりますDJ部品の開発に多大な協力をいただいております各サプライヤーの皆さまをご紹介させていただきます。」という一文を英訳するなら、
Now, I would like to introduce all the suppliers who came from Japan and made a huge contribution to the development of DJ Parts.
ではなく、
Next, I will introduce a number of suppliers who have made a significant contribution to the development of DJ components, and who have traveled from Japan especially to be with us today.
が適切です。
最初の訳文における語順では、サプライヤーが日本から来訪し、その後に協力を行ったかのような印象を聞き手に与えてしまい、誤解を招きます。この種の例では、主要事項「suppliers who have made a significant contribution to the development of DJ components」と付帯事項「and who have traveled from Japan especially to be with us today」とを英語で明確に分けることが重要です。この2つの事項に対する重みは、和文の語順から見てすぐにわかるはずですが、最初の訳文では見落とされています。