98. 「~させる」

「~させる」という接尾語に対しては、奇妙な英訳が後を絶ちません。翻訳者は、「allow」、「cause」、そして「enable」の微妙な違いを理解する必要があります。これらの違いは、「敬語」に比べればそれほど複雑ではありませんが、行為や状況の好適性を区別するという観点から重要であり、簡単に言えば、事象を制御している人や物、そして付随的な役割を果たしている人や物を反映する必要があります。

わかりやすい具体例が「科学的溶解させる」という表現で、この英訳としては、

can allow chemical solution

ではなく、

enable a chemical solution to occur

とするのが妥当でしょう。「enable」は、実験の過程で、価値ある目標・目的が積極的に追求され、成し遂げられたという好ましい印象を伝えるからです。

同様に、「最近の進歩によって、X治療が可能となっている」を英訳するなら、

Recent medical advances have allowed X-treatment.

ではなく、

Recent medical advances have made X-treatment possible.

または

X-treatment has been made possible by recent medical advances.

となります。

もう1つの例が、「~により、~が可能」です。「allows」よりも、「makes feasible」や「makes possible」の方がはるかに適切です。「allow」や「permit」を使うと英訳時に問題や誤解が生じる場合があります。

・ A teacher allows a pupil to leave the classroom early.
・ A teacher gives permission for a pupil to leave the classroom early.

といった非技術的な内容の英文を和訳するのであれば、「allow」や「permit」に対して「許す」が該当することが多いでしょう。「allow」も「permit」も、許可ないし拒否する権限の存在を示唆していますので、

A pupil allows a teacher to inspect his/her textbook.

などとするのは誤りです。教師には、クラスを受け持ち、管理する権限がもとより与えられており、教師が妥当と判断したことをするのに、生徒から許可をもらう必要などないからです。言い換えれば、教師は上司であり、英語圏における「力関係」も日本語圏と同じですから、生徒が教師の行為を「allow (許可)」することはありません。

このシンプルな具体例は、「allow」と「permit」の重要な基本的意味合いを明確に表しています。この2つの単語は概ね同じ意味なのですが、「allow」が、日常的な状況で個人の行為について言及することが多いのに対し、「permit」や「give permission for」は、公的な状況で、権限のある機関や人の意思決定や行為について言及する目的で使用されるのが通例です。

「allow」に関しては、次の文に示すとおり、さらにややこしい問題があります。

At the interval X-team was leading by three goals to one (3-1) but early in the second half two of the players in X-team were shown red cards, (developments) allowing (好ましくはないが「permitting」も可) Z-team to take advantage of its numerical superiority, score on three more occasions, and ultimately win the match 4-3.

この文では、「allowing」あるいは「permitting」の意味が、その前の例文とはまったく異なります。Xチームは、味方選手2人が退場処分を受けることを許可しようとしたわけではありません(退場は主審による判断の結果です)。そして、Zチームに意図的に3点を許したわけでもなく、失点を防ごうと懸命に努力しました。この文の意味は、Xチームが、意図せず起こしたミス、つまり怠慢あるいは見落としの結果、Zチームに3点を許し(先の例文とは正反対の否定的な意味で)、試合に勝たせてしまったということです。

技術文書でも、「allow」は中立的な意味合いで使われ、行為Aの直接的あるいは間接的、意図的あるいは非意図的な行為Bについて言及することが少なくありません。

・ The linking of A with B allows C to happen.
・ The width of C allows for penetration by D.
・ The basic principle of X involves preparing a reaction mixture containing Y and Z under conditions and for a time sufficient to allow X and Y to interact and bind.
・ Such chimeras allow DNA recognition enzymes to interact with the l DNA portion.

上記いずれの例文でも、「allow」は「make possible」に置き換えることができます。すなわち、

・ The linking of A with B makes it possible for C to happen.
・ The width of C is great enough to make it possible for C to be penetrated by D.
・ The basic principle of X involves preparing a reaction mixture containing Y and Z under conditions and for a time sufficient to make it possible for X and Y to interact and bind.
・ Such chimeras make it possible for DNA recognition enzymes to interact with the DNA portion.

ということです。ただし、前節の例文のところで説明したとおり、具体的で価値のある目標を実現するために積極的に行動することが決意されている状況で「allow」を使うのは、不自然であると同時に英語として間違っています。このような状況で「allow」を使うと読み手に奇妙な印象を与えますので避けた方が良いでしょう。和文が伝える前向きな印象を創出するには、「enable」や「make possible」の方がはるかに好ましい選択です。

先述の教師と生徒の関係は、技術翻訳という分野でも該当します。例えば、ある単一部品を主語にして「allow a system to function」と言うことはできませんが、部品の動作が完了したことを主語にして「make it possible for (あるいは「allow」) a computer system to move on to its next process」と表現することは可能です。

具体例をもう1つ挙げておきましょう。「施術後、お客様を起こして」を英訳するなら、

not make the customer get up after the treatment

ではなく、

assist the customer to get up after the treatment

です。「make the customer get up」という言い方には、ある種の強制のニュアンスが含まれます。当の会社としては、大切なお客様への対応方法について社員に助言しようとしているわけですから、正反対の意味になってしまいます。

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