20. 文法の一貫性と慎重な意味解釈

「船舶の自動化推進とともに、より軽量で小型、そしてより安定性を追求する」という一文の英訳としては、

In order to keep up with progress in the automation of marine vessels, we endeavored to make products that were lighter, smaller and stabler.

が適切です。和文では、「追求する」の目的語として、「軽量」・「小型」という2つの形容詞と「安定性」という名詞が使用されていますが、英語では、文法的な理由から、lighter, smaller and stabler」のように3つの形容詞を使用することが大切です。なお、妥当性という点で若干劣りますが、

In order to keep up with progress in the automation of marine vessels, in our own products we placed emphasis on lightness, on smaller sizes and on stability.

と訳す手もあります。後者の訳文では、当然のことながら、一貫して名詞を使うことが大切です。

「落ち着いた色調のソファや高速回線接続のPCブースで快適な時間をお過ごしください。」という一文の英訳としては、

Please enjoy a comfortable time in the sofa seats arranged with interior colors in tranquil atmosphere and the PC booths equipped with high-speed Internet connection.

よりも、

Please enjoy an agreeable time on sofa seats whose colors have been chosen to create a relaxing atmosphere, and do take full advantage of the Personal Computer (PC) booths equipped with high speed Internet connections.

の方が良いでしょう。「や」を含む文には特に注意が必要で、この文では、英語で意味を伝えるために、「enjoy an comfortable time on the sofa seats」と「take full advantage of the personal computer booths」という具合に別の動詞を使用することが大切です。そしてもう1点。根本的な点ですが、「ソファで」は「in sofa seats」ではなく「on sofa seats」です。さらに付け加えると、この文は企業パンフレット向けに用意されたものですので、「the sofa seats」という具体的語彙ではなく、「sofa seats」と一般化して述べることも重要です。

「ランニングコストとCO2排出量を低減した。」に対する適切な英訳は、

「Reductions have been achieved in levels of both running costs and carbon dioxide emissions.」です。

この例では、「ランニングコスト」と「CO2」を結び付ける要素が、両方のレベルが低減されたという事実だけですので、「both」を使用することが重要です。日本人翻訳者の間では、直接関係のない2つの目的語でも連結してしまうことが珍しくありませんが、「both」を省いてしまうのは不自然です。

「経理作業は期末にたくさんあり、一気にやろうとしたら大変です。」という一文でもやはり、意味のある翻訳文に仕上げようとすれば、簡潔な言い回しに腐心することが不可欠です。

At the end of every quarter they have a lot of accounting work, and if one attempted to complete such a task within a limited period, it would be a formidable undertaking.

とするのが一つの案ですが、

At the end of every quarter they have a lot of accounting work, and if one attempted to complete such a task within a limited period, it might well be an impossible undertaking.

と訳すこともできそうです。「大変です」は実に曖昧な表現ですので、どちらの案でも良さそうですが、このような文を英訳する場合には、楽観的に解釈すべきか中立的であるべきか、あるいは楽観的な調子を強めた方が良いかといった点について常に慎重に検討する必要があります。この点については、翻訳者だと推測を誤りやすいので、クライアント側が翻訳会社に前もって助言するのが望ましいのは明らかです。

同様に、「一気にやろうとしたら大変です。」の英訳も、

If one attempts to complete this process in one fell swoop, it is a daunting task.

あるいは

If one attempts to complete this process in one fell swoop, it might well be an impossible task.

くらいが適切でしょう。この場合も、翻訳者はやはり、楽観的解釈と悲観的解釈のどちらが適切かを検討する必要があります。

「他国の企業、大学との産学連携活動においてどのような工夫をされていますか。また、課題は何ですか。」という文であれば、

What kinds of efforts have you been making to work out collaborative arrangements with enterprises and academic institutions in other countries? And what kinds of obstacles have been encountered in the pursuit of any such initiatives?

くらいに訳すのが適切です。アンケートの翻訳では、「any」という単語が重要です。この種のアンケートで、質問が連続しており、2番目の質問が最初の質問に対する回答にある程度関わっている場合でも、一切の仮定をしないのが賢明であり、「any」という単語を使用することにより、最初の質問に対する回答に、そのような活動が試行されていないという可能性を織り込むことができます。言い換えれば、「any」を省略すると、そのような活動が間違いなく試行されたという示唆を帯びてくるということです。ここで取り上げた例ではそれほど問題になりませんが、場合によっては、何かが該当することを示唆することにより、相手に挑発的な印象を与えてしまう可能性があり、そのような場合には、「any」を使用する必要性ないし所望性を慎重に検討する必要があります。

「日本に進出する。それは簡単なことではありません。先進国の中でも排他的な市場性、そして日本人の持っている外資系企業へのイメージ、どれを取っても、容易に進出できるようなイメージはないでしょう。」という文であれば、

Branching out into Japan is not an easy matter. There is the closed market nature of Japan, despite being an advanced nation, and the image that Japanese people have of foreign-owned companies. At any rate it is not an image of being able to easily make inroads into Japan.

と訳すよりも、

Branching out into Japan is not a simple process. There is a “closed market” aspect to Japan, despite its being an advanced country, and the image that Japanese people have of foreign-owned companies is not necessarily a positive consideration.

くらいの方が良いでしょう。いずれにせよ、この2つの要素が組み合わさって、日本への進出が簡単なことではないという印象が醸成されます。1つ目のポイントは、「排他的な市場性」を訳すに当たり、定冠詞ではなく不定冠詞を使った方がはるかに好ましいということです。定冠詞を使うと、閉鎖的な市場という側面が絶対的かつ明確な事実であるということが示唆されるのですが、たとえそれが事実であっても、そのようなスタンスで述べるのは正しいことではありません。2点目は、日本人が外資系企業に対して抱くイメージを述べた簡潔な記述が、英訳の方では拡張され、否定的な側面が「is not necessarily a positive consideration」という一節によって明示的に述べられているということです。3点目は、この一節は、全体を長い一文で表した方がはるかに良いということです。この記述に含まれている考えが、大半の事例よりもはるかに強く結び付いていることは明らかあり、日本語の語順によって損なわれることもないことから、優れた翻訳者であれば、この点を認識し、この一節が伝える考えをすべて包括する中立的かつ自然な訳文を生み出せることでしょう。

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