【有料】15. 抽象概念と有形物の区別
このセクションに記載した例文は、他の様々なセクションから抜き出して組み合わせたものです。これらの例文を通じて、優れた翻訳者になるには、一般に有形物と組み合わせて使用する動詞、名詞、形容詞と、抽象概念と組み合わせた方が良い動詞、名詞、形容詞とを区別する必要があることを学びます。日本語だと、有形物か抽象概念かをあまり区別せず、大半が同じ語彙を使用することから、この区別にこそ、日本人翻訳者が抱える問題の本質があります。良質な辞書であっても、常に正解が載っているとは限りません。
チェックされていたら解除すること。」の英訳としては、
remove the check
よりも
eliminate any checks that have been taking place
の方がはるかに良好です。「remove」は一般に有形物と共に使用され、抽象概念を伴う文脈では「eliminate」を使うのが一般的です。
「この理由を解消するためには、少なくともXが必要である。」という一文の英訳は、
In order to clear this reason X is at least essential.
ではなく、
In order to overcome these arguments X at least is essential.
です。
「解消」は「eliminate」と訳されることが少なくありませんが、抽象概念を伴う場合には、必ずしも適切とは限りません。
「研究設備、解析力の大幅な充実、強化を図っております。」の英訳は、
We are making an effort to build up more enhanced equipment and analysis system.
ではなく、
We are making every effort to establish more sophisticated research facilities and a substantially enhanced level of analytical power.
です。「図る」の目的語の1つである「研究設備の大幅な充実、強化」が物理的性質を持つのに対し、もう一方の目的語である「解析力の大幅な充実、強化」の本質は抽象概念です。このような状況では、物理的性質を持つ有形物と抽象的な概念との両方に適した動詞を選ぶことが不可欠であり、この例に限れば形容詞についても同様の配慮が必要です。このケースでは、「establish」が概ね妥当な選択肢と言えそうですが、場合によっては、それぞれの目的語に対して異なる動詞を使用する必要があるでしょう。「設備・解析力の大幅な充実・強化」という表現は、日本語だと簡潔ですが、英語の場合には、「直訳」ではなく4つの各主要語彙を自然に翻訳することが大切です。この例に関しては、形容詞も変える必要があります。一方は、物理的性質を持つ有形物である「研究施設」を形容しているので「sophisticated」、もう一方は、「分析力」という抽象概念を形容しているので「enhanced level of」が良いでしょう。