「Aさんは、ナイフを使って殺されました。」

短い和文ですが、この一文は、誤って英訳されることの多い英日の根本的な構造の違いを端的に表しています。

「により」という表現が使用された場合、すなわち、「Aさんは、ナイフにより殺されました。」という場合であれば、英訳は容易で、例えば「A was killed with a knife.」のようになります。

しかし、「Aさんは、ナイフを使って殺されました。」となると、多くの日本人翻訳者が何の疑問も持たずに「A was killed using a knife.」と訳してしまいます。

このような英文を文法的に解釈しようとすれば、「A was killed while (A was) in the process of using a knife. (Aさんはナイフを使っている最中に殺された。)」以外にあり得ません。当然のことながら、この解釈は、元の和文を書いた人が伝えようとしたこととは真逆の意味です。

この英文を見た読者は、動名詞「using」を何らかの主語と結び付ける必要があるのですが、上記例文では、文法的観点から見てAだけが唯一の主語です。ナイフを使った人について、元の和文ではもちろん特定されていません。この曖昧さは、日本語だと問題になりませんが、英訳すると、誤解を招く誤った英文になりがちです。

内容がさらに複雑であることの多い技術翻訳では、様々なアイデアが一文に盛り込まれることが多く、このような根本的な誤りが原因で、時間をかけて慎重に読んでも理解できない英文の連続ということになりがちです。この点について、翻訳者は特に注意を要し、他で作成された良質な文章例を研究する必要があります。

「また、現在は、もっぱらリピーターや紹介者に対する対応に終始しており」という一節を英訳するなら、

They currently focus on responding to a repeater or an introducer

よりも、

X-company currently concentrates on responding to persons that replace repeat orders and to persons that have been introduced to the company (あるいは to the products of the company).

の方が正確です。最初の訳文には、「紹介者」というのが、あくまでも「紹介された人たち」であって「紹介する人たち」ではないということを翻訳者が理解していないか、少なくとも訳文に反映されていないという根本的な問題が見受けられます。正確に翻訳するためには、「紹介者」というシンプルな言葉であっても、能動態と受動態を区別することが不可欠です。

 

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